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カテゴリー: その他
2021-12-15

感染抑制と経済とのバランス ー日本人はコロナに過剰に反応し過ぎているのか 

こんにちは。齋藤です。

↑↑↑12月3日の日経新聞朝刊「経済教室」の「対コロナ、各国の価値観影響」という記事は示唆に富むものでした。

同記事は、感染症対策と経済とはトレードオフの関係にあるとしつつ、日本は死者数の抑制のために多大な経済的損失を許容しており、そうした姿勢は、諸外国との価値観の差異からくるものとしています。
ここでは同記事の内容をまとめつつ、私見を述べたいと思います。

同記事は、中田泰祐東京大学准教授の手によるものですが、いわく、

「経済をもう少し回すこと」と「感染をもう少し抑制すること」はトレードオフの関係にある。そして最適なバランスは価値観に左右される。

といいます。

このあたりは、我々一般人も肌感覚として感じているところです。

たとえばアメリカにおいて、人口1万人当たりで日本よりもはるかに感染者数が多いにもかかわらず、テレビで見ている限り、メジャーリーグやNBAの試合で観客はぎっしり入っているように見えますし、飲食店や小売店の客の入りもそれほど減ってはいなさそうで、日本で吹き荒れている自粛ムードなどどこ吹く風のように見受けられます。
そもそも、アメリカでは、マスクをせずに外を歩いている人も圧倒的に多い。日本でマスクをせずに外を歩いていると、かなり感染が収まってきている現在でも嫌悪的な目を向けられることでしょう。

日本人からしますと、アメリカ人は、コロナになるリスクよりも、スポーツ観戦を楽しんだり、友人や家族と外食を楽しんだりすることにより価値をおいているように見えます。

まさに、アメリカと日本とにおける経済と感染抑制との「最適なバランス」の「価値観」が異なっていることを意味するわけです。

ここで、同准教授において、各国あるいは地域ごとに、
「コロナ死者数を一人減少させるためにどの程度の経済的犠牲を払いたいか」を試算してみたといいます。
その結果は以下のようなものです。

日本:約20億円
オーストラリア:約10億円
アメリカ:約1億円
イギリス:約0.5億円

東京都:約5億円
大阪府:約5億円
鳥取県:約500億円以上
島根県:約500億円以上

鳥取県・島根県の金額が突出しています。

同准教授によると、

こうした試算は分析手法に大きく依存するため、数字自体に深い意味はない。

と言います。

他方で、
鳥取県は累計死者数が5人であるところ、GDPは約7%=約1500億円落ち込んだ、
対してアメリカは累計死者数が70万人(鳥取県の約14万倍)であるところ、GDPの落ち込みは約4%=約90兆円(鳥取県の約600倍)にとどまった。

とのことで、このような鳥取県とアメリカとの比較からすると、「価値観」の違いが地域間でのコロナ死者数と経済損失の違いに重要な影響を与えているとの推測は確かに成り立つというわけです。

そして、例えば、交通事故の死者数を減らすために運転を禁止し、自動車の販売を禁止したり、交通の利便性を低下させたりといった不経済・不利益を許容するわけではないことを考えると、コロナ死者数を減少させるべく約1500億円のGDPの落ち込みを許容したということは、鳥取県において、コロナ死者数の減少がどれほど重要なことだったのかが分かるというわけです。

もちろん、これはあくまで「価値観」の違いですので、良い・悪いの問題ではないとも言えるかもしれません。

感染症対策が重要なのか、経済が重要なのか、個人個人で考え方は異なるでしょうし、そうしたさまざまな考え方をまとめ上げて一応のコンセンサスを形成するのが、コロナ下で政治に求められる役割だと思います(とても困難なことですが)。

さて、ここからは私見ですが、上記のような、「価値観」の違いはどこから生まれるのかを考えてみますと、日本の高齢化率に見出されるのではないかと思います。

日本における65歳以上の高齢者人口は、2020年時点で約3617万人で、総人口に占める割合(高齢化率)は28.7%とされます。
他方で、アメリカの高齢化率は約15%程度です。

一般論として、若者と比べて高齢者のほうが、コロナによる重症化・死亡のリスクが高いとされているところ、そうした情報により行動を控えることになる高齢者が人口の3割弱を占めるわけです。

さらに、家族に高齢者がいることにより、高齢者以外の層も、「うつしてはいけない」というプレッシャーのもと、行動が制限されます。

このように、高齢者層が多いことが、アメリカと比較した場合の日本の自粛ムードを生んでいるのではないかと思われるのです。

しばしば、諸外国と比較すると、人口比の感染者数は多くないのだから、日本人はコロナで大騒ぎし過ぎだ、と言われることがありますが、人口に占める高齢者の割合からしますと、そうした反応はやむを得ないものと思われます。

このような観点からしますと、日本では、アメリカやヨーロッパ諸国と比較して、経済がコロナ前の状況まで回復する時期は遅れるのではないかと思われます。
高齢者は、「コロナ禍は終わった」と認識して従来通りの行動をとることに消極的になると思われ(本当に終わったのかどうか確信が持てない限り自身の命を危険にさらす行動はとりにくい)、高齢者が3割弱を占める以上、日本人全体としても、従来通りの行動様式に戻る時期は遅くならざるを得ないと考えられるからです。

そして、こうした日本の高齢化が、コロナ明けへの準備不足・アニマルスピリットの欠如・「分配」方向への過剰な傾斜となって今後の日本に襲い掛かる、というのが負の未来予測ではありますが、人口減少・高齢化を嘆いていても、これを覆すことは困難ですので、そうしたことを前提として、今後の日本の道筋を考えていくほかありません。

日本社会の成長のために、国民一人一人が何ができるかを問い続けるほかないのでしょう。

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